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なむなむブログ

京大薬学部4年生。書評、京都観光、考えたことをつらつらと。

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環境を変えれば努力は恥ずかしくなくなるって話

努力は人に見せたくない。見せるものじゃない。

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ぼくはずっと、人に努力を見せるのが嫌でした。

 

テスト前でも学校では勉強せず、家に帰ってから必死に勉強するタイプの人間でした。

努力している姿を見られて、友達に意識高いとか暑苦しいとか思われたくなかったんですよね。 

 

その考えに至った理由。

 

なぜそんな風に考えるようになったのか。

 

中学生の時、ずっと学校で勉強している生徒がいて、みんなに努力している姿を見せていました。

でもその生徒は成績があまりよくなかったんです。で、他の生徒から「あいつはあんなに頑張っているのにアホだ」といじられていたんですよね。

 

この時ぼくは、「努力をしているのに、結果が出ていない」ということは、めちゃくちゃ恥ずかしいことなんだと考えるようになり、以降努力している姿は周りに見せないようになりました。

 

「努力をしていないように見せて結果を出す」ことが一番だと信じて、陰で努力をするようになりました。

 

その後、高校で進学校に入学しても、周りの友達は努力している姿なんて全く見せず、「テストやばいわ〜」とか言いながらちゃっかり満点を取るような人が多かったので、やっぱり努力は陰でするものなんだなと確信していました。

 

でも努力は恥ずかしくなかった。

 

その考えのまま大学に入学したぼくは、今まで通り、テスト前でも勉強しているそぶりを見せず単位は確実に取っていました。

今思えばイヤなやつだな〜と思いますが笑

 

 

そして、ふだんはサークルで遊びまくって、テストが近づくと陰で勉強をスタートするという生活が一年ほど続きました。

 

しかし2年生になって、ふとしたきっかけで、学生起業家や学生団体代表がいるようなコミュニティに参加した時、その考えは大きく変わりました。

 

そこでは全ての学生が目標をはっきりと持っており、お互いに刺激しながら努力をしていたのです。

 

「努力をすることは恥ずかしいことだ」と思っていたぼくは、努力していることが当たり前の環境にとても驚きました。

 

それ以降、ぼくは努力していないことを恥ずかしく思うようになりました。

そして、努力することが当たり前になっている学生たちと刺激しあうようになり、より高い基準で努力するようになりました。

一人で努力するより、みんなで一緒に努力する方がずっと楽しいですし。

 

環境を変えてみること。

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「努力をする」という同じ行動でも、環境によっては、「することが恥ずかしい」と「しないのが恥ずかしい」という正反対の考えが存在します。

もし今自分のやっていること・やりたいことが周りから見ると恥ずかしいことだと思うのなら、思い切って環境を変えてみてください。

自分のやっていることを批判するのではなく、応援してくれる環境に身を置くことで、努力することがとても楽しくなりますよ。

 

 

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