なむなむブログ

京大薬学部4年生。書評、京都観光、考えたことをつらつらと。

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プログラミング必修化を踏まえて僕たちにできること

ここ数年騒がれ続けていましたが、いよいよプログラミングが必修となります。

確実に起こることだろうとは思っていましたが、いざ発表されると驚きました。

 

 

 

これから小学校に通う子は、小中学校合わせて9年間、高校も合わせたら12年間もプログラミングを学ぶことになります。

今プログラミングを学んで2年目になる僕にとっては、12年間というのはとても驚きです。アプリ開発やWeb制作などかなりのことができるようになるんじゃないかと思います。

 

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ただ、プログラミングの必修教育が始まるのはいいものの、それを指導できる人がいるのか、他の教科もあるので詰め込み過ぎになるのではないかなど、様々な問題点が考えられます。

 

さらに、教育が仮にうまくいったとして、プログラミングができることが当たり前になっている社会が訪れたら、プログラミングを学んでいない僕たちの世代はどうすればいいのか。価値の高い仕事が若い世代に取られるのではないかとも考えられます。

 

今回はプログラミング必修化が及ぼす僕たちへの影響を考えながら、今後僕たちはどのように行動すればいいのかを考えようと思います。

 

とりあえずプログラミングを学んでみる?

まずは流れに合わせて自分も実際に学ぶという方法です。確かに自分でプログラミングができるようになれば、プログミングに関してこれから学ぶ若い世代に引けをとることはなくなります。 しかしここで、プログラムを書けることが本当に重要なのかを考えて欲しいと思います。プログミングができればすべての問題を解決することができるのでしょうか。

 

所詮プログミングはツールである。

ある問題を解決するためのツールとしてプログラミングは存在します。すべての解決策がプログラミングによるものであるとは思えません。確かにプログミングを学ぶ過程で問題解決力を身につけることはできます。しかしそれは必ずしもプログラミングのみを通じて身につけるものではありません。プログラミングができない僕たちの世代は、日頃から問題を正しく設定し、その解決策を思案し、実行できる力を身につけるべきです。これこそどんな時代においても普遍的に重要なスキルだと思います。

 

結局、問題を解決できるかが重要。

縄文時代なら「今日の飯が食えるか」「あの動物を狩るにはどうするか」

戦国時代なら「この人数であの大群に勝つにはどうすればいいか」

今なら「単位をいかにとるか」「彼女を作るには」

などなどいろんな課題があり、それを解決しながら僕たちは生きています。

プログミングはそれを解決するためのツールの一つに過ぎません。なので必ずしも学ばなければならないとは思いません。プログミングができない僕たちの世代には僕たちの世代なりの活躍の仕方があるはずなので、それを全力で考えることが重要です。

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